自己紹介

1浪したのち旧帝大の工学部に入学、成績は底辺付近をさまよいつつもなんとか4年で卒業してそのまま大学院も同じ研究室に所属。ボスにD進をすすめられ、嫌々ながらも進学を決意し今に至る。分野は物理系。

 

ブログは前々からやりたいとおもっていて、開設して何日かだけ書いて挫折、を3度ほど繰り返した。4度目の正直にしたい。

 

 

D進辞めたい(半年ぶり2回目)

博士後期課程入学試験を終えた。それ自体はどうでもよい。
 
試験用の研究内容プレゼン資料を作成している途中、猛烈に精神がしんどくなった。
 
ほんまに俺D進したいか?
というかそもそも決意したときからモチベ0でなんか他の条件見て嫌々決めただけちゃう?
シンプルにしんどい、帰りたい。
 
などの考えが脳内に舞い、入試直前の朝、遂に教授の居室に行き、進学したくないことを伝えた
 
もちろん引き留められたし、色々言われたが、春に進学を決意したときと異なり、あんまりしっくりきていない(自体の決意が揺るがなかった)。
 
時間もなかったため、結論は持ち越しとなったが、どうだろう、やっぱり揺るがない気がする。
 
というのもやはり、元々進学へのモチベーションが低かったのは紛れもない事実でありそんな態度で望めるほど博士課程は甘いところではないということが、やっとわかり始めた。
 
こういう、何かの拍子に急に感情が変化し、その勢いで決断して後に後悔しないように、当時の心境を綴っていたわけだが、読み返しても、3年で立派な研究者になるビジョンが全く見えないメンタリティーをしている。
 
確かに、一時の辛さで過剰に嫌がっている側面もあろうが、今後もそれが続く、さらには根本的な問題(モチベーションが無いこと)を抱え続けることを考えると、やはり自分は研究者には向いてないのだろうと結論付けられそうである。
 
バトルの結果次第でこのブログのタイトルも変わってしまう。

やっぱり研究者は自己主張が大事なのか

初の1st author論文がアクセプトされた。

 

一応これで博士取得まであと2本になった(まだ進学してないけど)。

 

そこでふと思ったのが、少なくとも俺はTwitterとかのSNSで観察されるような、bioに「○○大、Ph.D. 筆頭著者論文○本、▲△学のうんたら」みたいなの書いて本名でばりばりやる奴、にはなれないなということ。

 

わからんけど書けて大学までやなと。まあ博士取ったら博士くらいは書くかもしれない。やっぱりやってる人は気持ちいいんやろうな。恥ずかしくて書けたもんじゃねえ。

 

まあ人間だし承認欲求は強い方だし、普通に「すごい」っていわれたい気持ちは人並みにあるけど、これまでの人生で「勉強」関連(あえて勉強って言葉を使ってるけどまあそういうこと)で人に褒められたのって中学生くらいまでやし、褒められたって言っても憧れられたことはないし、「あーすごいねー」程度のもんで、もちろん学力の高さや学歴でモテたことなんかマジで1度もない

 

話はそれるけど、少なくとも在学中で考えたら学歴で女の子の態度が変わるとかマジで都市伝説だと思ってる。いやわからん、うちの大学が歴は良くてもウケが悪いだけかもしれん。

 

だって例えば2回生の段階で「慶応です」って言われても、「好きっ!」ってなるか?恋愛における学歴の価値って(将来の)収入的なところなんちゃうの?そっから結婚考えるならまだしもその時点での学歴にどこまでの価値があるんや?

 

それとも慶応の彼っていうブランドだけでクリアできるものなんか?

 

教えてください。少なくとも俺は実感したことがない。まあビジュアル的な話、中身的な話しちゃうかと言われると反論はできん。

 

まあともかくそんなこんなで、自分のそのへんの業績?的な部分にもちろん多少のプライドはあるけど、それを評価される実感をあまり得たことがないという理由で、その辺を大っぴらに主張できるメンタルを持ってないなーってハナシ。

 

匿名では言えても、実名でSNSは無理やなあ……、別にダメってことはないけど。

ストレスを娯楽で凌駕したい

今日も今日とて進学を後悔している。
 
今からでも就職活動に間に合うのではないか?と思わなくもないが、結局やりたい仕事もないし、この程度のストレスに耐えられないのに社会人を楽しめるわけがないと考えて、終わる。
 
一旦決めた人生のルート、それをどうしても変えたいと思うくらいやりたいことが見つからない限りは、嫌々ながらも進学してのらりくらりやっていくしかないというのが現状の結論ではある。
 
そうはいっても研究が好きなわけではなく、日々が楽しいわけでもないので、ストレスは自分を襲う。
 
ならばやはり娯楽しかないだろう。
 
自分は1時間45分程度かけて大学に通っている。そのうち電車に乗っている時間は約1時間15分。この時間の質がQOLに直結するのは火を見るより明らかだ。
 
いま思い返せば、QOLが高かった頃は(今みたいな悩みがなかったのが1番ではあるが)電車の時間が楽しかった。今はダラダラネットを見るばかり。この時間の改革こそがいまできる最大の対応だろう。
 
これまでの電車の時間の過ごし方の変遷としては
 
タブレットに映画をダウンロードしてオフライン視聴
見たい映画が無くなる&タブレットポンコツで不便
PSVITAでゲーム
PSVITAの挙動がおかしくなる
スマホでアークナイツをプレイ
ある程度コンテンツをやりきった
 
であった。とりあえず、スマホを変えたことでバッテリーの持ちが急激に延びたので、Amazonプライムでドラマをダウンロードしよう。
 
映画でも良いが、片道では見切ることができない。
 
娯楽でストレスを、なんてのは定番で面白味のない対策かもしれないが、本気でストレスを忘れることを意識して娯楽を楽しむしかない。
 
一番は、不労所得を得る方法を思い付いて実行することだけど

飲み屋で若い奴に説教するなら最低1つは納得できることを言ってくれ

自分はお酒が好きだが友達が少ないため、よく一人で飲みに行く。

 

お金はないので、立ち飲み屋が多い。1000~2000円くらいで軽く食ってそこそこ飲んで満足する。

 

さらに気分が良いと、バーに行くことがある。経緯は省略するが知り合いの紹介で行くようになったバーで、マスターも良くしてくれ、常連のお客さん数人とも仲良くなり、良くお話をして、たまにごちそうになる。

 

説教というか人生指南というか

そうやって大人と飲んでいると、酔ってきた大人は、アツい話をし始めることがある。アツい話というのは、大体が「仕事的」な話か「恋愛的な」話、あるいは「今の社会について」みたいな話である。

 

悪い言い方をすると「説教」がはじまるわけで、しかも大半の話が「自分は君よりも年齢を重ねたからわかるけど、○○は××だ。」みたいな話で、まあ反論のしようがない。

 

しかし、そもそも聞いていて違和感を覚える部分が多いわけでもなく、むしろそのようなセリフを言われても、シンプルに納得したり、勉強になることが多い

 

なので、その一連の流れのメリットとしては、

・ごちそうしてもらえる(場合によっては数千円にも)

・普通にためになるお話を聞くことができる

 

などがあげられ、デメリットとしては

・ごちそうになっている+結論(年齢の違い的な)のせいで多少思うところがあって(なんなら反論して)も理解は得られない

・帰りにくい

 

という感じで、まあ少なくとも好んでそのバーに通うくらいにはその状況を悪くおもっていなかった。

 

ただ、たまにとんでもない化け物に遭遇する。

 

フルパワーのマウントを食らった話

たまに滅茶苦茶に酔った状態でかつ自分と決定的に価値観が合わない人間を徹底的に攻撃するタイプのサピエンスに出くわすことがある。

 

自分は大学院生の身であり、しかも博士課程とかいう魔境に飛び込もうとしている。子の日本のほとんどが博士課程学生について考えたことなどないだろうし(別に考える必要なんてないし)、そのあたりの知識なぞ持っていないのがふつうである。

 

そのような自分の環境に強い不快感を示す人がいるのも当然の話であり、そのモンスターは約2時間にわたって、私のことを罵倒した。内容としては「学生の分際で飲みになんか来るな」「大学院なんて意味のないところに行くのは間違っている」などなど。

 

自分としてはそのあたりのところを普通にコンプレックスに感じているので(ボスに言われたから進学するってレベルの野望のなさなので当たり前)、もちろん大学院で研究していることを「頑張ってるね」「すごいね」などと言われるのはうれしいが、自分のことを凄い研究をしている人間だ、なんて本気で思っていない。

 

なのでそのときは普通に堪えたし、言い返そうと思えば言い返せたのかもしれないが、滅茶苦茶に酔っていたのでそうする意味も感じなかったため、普通にはいはい聞いて終わった。

 

良くしてもらっているマスターには「100%あの人(そのモンスター)が滅茶苦茶だっただけやし気にしなくていいよ」と言ってもらえたため、その件は一件落着した。

 

しかし、やはり自分と同じ年の人間が社会人になって働いて給料をもらっている中で、学生をやって(一応奨学金で学費を払っているとは言え)、さらには実家暮らしであることは、大人からすれば気に入らないと思いがちなポイントであるということを知ったきっかけになった、というよりは再認識した。

 

そんな自分のウィークポイントをいかに面白く不快にならないように語るか、みたいなことを考え出したりもするようになったとき、まさかの良くしてもらっていた常連さんから凶拳を食らうことになる。

 

ただただ気に入らないと言われたハナシ

その日はいつものように常連(のA)さんからありがたいお話を聞いていた。これは皮肉では無く、真剣に自分でも深く考えるきっかけを与えてくれるような話で、お酒もごちそうしてもらって、普通に気分が良かった。

 

それを別の常連(のB)さんが聞いていた。AさんBさん同士も知り合いで、3人で話したりもしていたところ、Bさんに隣に呼び出された。話があると。

 

そこからはBさんの歯切れの悪い話が始まったかと思えば長い前置きがはじまったり他の人の注釈が入ったりと中々の時間が続いたが、要は、Bさんは自分を気に入らない生意気だ、と思っている、という話だった。

 

「自分はこんなにも苦労をしてきたのに君は実家住みの分際でいっちょまえに悩んでいるのが納得ができない」

 

とまあマジで滅茶苦茶な話だった。ただ前回のモンスターと違って何が納得いかなかったかというと、ある程度酔っていたとはいえ、件のモンスターに比べれば極めて冷静だったうえに、まわりのAさんやマスターも、Bさんを擁護し始めたことだった。

 

Bさんは他のお客さんやマスターからかなり好かれていたことは以前から認識していたし、彼らの擁護は自分への憎悪というよりはBさんへの愛からくるものだと理解はしたが、それにしてもあり得ないと思った。

 

自分は完全に緊張の糸みたいなものが切れて、そこからは適当にはいはい言って、帰った(すでに朝方)。

 

かなり端折っているとはいえフェイクあまりなしのまんまなので、彼らの目に触れれば間違いなくばれると思う(始めたての弱小ブログなのでこの記事が彼らの目に触れることはないと思う)が、しばらくはその店に行かないつもりなのでそれはそれでいいかなとも思った。

 

その辺のマイナス要素よりも改めて言語化することで自分に独りよがりの逆切れじゃないことを確認できるかもしれない要素の方が勝った。

 

とにかく何が言いたいかと言うと

タイトルの通り。おごってもらってるし百歩譲って気持ちが入った説教をするのは別に良い。けどするんなら最低一つでも、1パーセントでもこっちが納得できることを言ってくれおごったくらいで自分のストレス発散の人形にするなオナニーのおかずにするな

 

その場で言い返せよ、っていう意見に関しては、まじで100%その通りなんですが、言われたときは頭真っ白になったし、多勢に無勢だったし、どうか許してほしいです。

家族がアルコール依存症の話

母親がアルコール依存症くさい。

 

そういう診断を受けたわけでは無いが、おそらくそう。

 

数年前からそんな感じで、自分としては特に何もしてこなかったし、おそらくこれからもなにもしないだろうと思うが、せっかくなので状況の整理も兼ねて書き記しておく。

 

症状というか現状的な

・毎晩、500 mlのビールと500 mlのアルコール度数7 %程度のチューハイを合わせて4~5本飲む。

・休日の昼も飲む。ビール1本とチューハイ1本程度。

・お酒が回ってから寝るまでの記憶が次の日になれば8割無い。

・1度風呂場で倒れて救急車で病院に運ばれたことがある。

・暴れたりなどはしない。

・禁断症状みたいなものも見ている限りでは無い。

 

とまあこんな感じで、おそらく依存してはいるがいわゆるテレビで見るような重度の依存症って感じでは無いのだろう。

 

数年前に本気で辞めてほしい減らしてほしいとお願いしたり説得したり喧嘩したりしたこともあったが、全く状況は改善しなかった。

 

とりあえず他人に迷惑をかけているわけでは無いので、家族の問題であることは間違いない。今家で一緒に暮らしているのは当の本人(私の母親)と、父親、そして私の3人である。それぞれ考えが異なっていて、

 

それぞれの考え的な

 

・母親

開き直っている。全く減らすつもりも辞めるつもりもない。もう60歳も越えたため、お酒が原因で体を壊したり悪くしたりしても、お酒をやめるよりはいいとおそらく本気で思っている。命の危機に相対すれば考えは変わるかもしれないが、少なくとも一度救急車で運ばれているにもかかわらずこの状況なため、お察し。

 

・父親

おそらく(私よりは)辞めてほしいと思っている。理由としては、やはり体のことだろう。母親が夜遅くに隠れて飲むのを発見しては激怒し、それ以降口をきかなくなる、一定期間後に仲直り?するがすぐに発見、激怒し口をきかなくなるループをここ数年繰り返している。

 

・私

辞めてくれるに越したことはないが、無理だと思っている。もちろん心配はしているが、先も長くないから飲むという考えも理解できなくはない。ただ、父親が母親の身体のことを心配して怒るのもそれ以上に理解できる。

 

また、なにより、父親と母親が口をきかない期間が何よりのストレスである。3人で食卓を囲む際、2人共が自分にしゃべりかけるがお互いは話さないため、非常にやりにくい意味が分からない

 

このような状況で、まあ見てわかる通り、母親がお酒をやめない限り改善する気がしない。家族が介入しない限りどうしようもないのだとは思うが、父親は上述した通りで、自分もそこまでのエネルギーが持てないでいる。病院に行くにも毎回連れていかない限り自分ではいかないだろうし。そこまでのエネルギーを使って逆上されてもっと家族がバラバラになる可能性もあるのでは、とか考える。

 

結局のところ

どうしたもんか。自分としては、父親と母親が口をきかなくなるのがうっとうしいのでやめてほしい。ただ、父親が怒るのはわかるのでそれをとがめようとは思わない。けど母親は開き直ってるから、やめさせようと思ったらやっぱり自分と父親が結託してなにか行動を起こす以外ないんやろうなあ。

すべらない話は大体何かに後悔した話説

この前D進後悔について書いたのでもう少し詳しく書いてみる。
 
そもそも、人生を送る上で後悔というものは避けては通れないものだと思っているので、後悔を絶対悪、全くもって無駄なもの、だと捉えることはイマイチ正しくないと考えている。
 
選択肢には後悔が必ずセットで付いている。
 
何かを選べば他の何かに思いを馳せずにいるのって不可能じゃない
 
そう考えると後悔もポジティブに捉えられるかもしれないと思ったけどやっぱり無理。そもそもそんな簡単に流せることじゃないから後悔しているわけで、軽く捉えられたら大したことじゃないよねという。
 
でまあここまでは先に選択肢が用意されてる、あるいは事前に選択肢を認識してる場合の話。
 
大体の後悔ってのは特に悩みもせずとった行動の後に来るものやと思う
 
そこで、タイトルの話。説って書いたけど俺だけかもしれない。例えばいい感じの(と少なくとも自分は認識してた)女性に、思わずキモいことを言ってしまった、とかね。もうしょっちゅうもしょっちゅう。
 
告白してフラれた女の子に、「マジで、俺を逃したら、知らねーぞ?」的な、漫画でも批判必至の台詞を吐いた日には、5回は脳内で自殺するわ。
 
けど、そんな自分の恥ずかしい吐血不可避のアホ話でウケるのが1番脳味噌幸せやからもう、どうしようもない。
 
結局、後悔ってのは、話のネタにしてその空間を盛り上げるために使うものやということにしませんか。

進学をやめない理由(という自分への言い聞かせ)

学振(DC1)申請書を提出した。
 
なんとか自分が1st authorの論文もsubmitにこぎつけた。ので、あくまで「参考」としながらもがっつり太字で研究遂行能力欄に書いてアピった。
 
とりあえず、まじでしんどかった。
 
何回後悔すれば気が済むのかってくらい進学決意を後悔した。
 
「じゃあ今からでもやめればいいのでは?」
 
ってのはその通りなのだが。
 
今回は、この前書いた要素として挙げられる物ではなく、自分のパーソナリティとかメンタリティに根差した部分での、進学した理由について書きたい。
 

運命論的な

 
なぜ進学するのか、それはもうさんざん言った通り「ボスに言いくるめられた」からなのだが、なぜ後悔してるのにやめないのか、というと、ある程度具体的な形で選択肢として形成されてしまったからだと思う。
 
ボスと顔を突き合わせて、真剣にD進のことを話した時点で、D進が「選択肢」になってしまった。つまり、それまでは選択肢ですらなかった。
 
選択肢になったということは、選択を行う必要があり、選択という行為は少なからず後悔を含むものだと自分は考えている
 
要は、「あの誘われたときD進しておけばよかった」という後悔を消すためにD進した。
 
逆のパターンの後悔ももちろんあるが、どうせ就職するのなら、致命的なものはないと判断した(3年早く就職することでしか得られないものがあんまり思い付かなかった。結婚とか?)。
 
社会人ドクターも考えなくもなかったが、どう考えてもしんどいし、やっぱりそのまま進学するのとは別物だろうし。
 
だから自分がなにかを恨むとすれば
 
・あのとき進学という選択肢を出してきたボス
 
・自分が、博士なんてあり得ねーよという考えをもつようなパーソナリティを形成できていなかったこと
 
になる。
 
前者に関しては、間違ってもボスには見せられない。ごめんなさい。あくまで恨むとしたら、なので本気で恨んではないです。たまに考えるくらい
 
後者に関しては中々哀しいものがある。もちろん良い環境ゆえというのはあるにせよ、勧められたら進学を選択肢として考えてしまう人格だったということ。ポジティブに考えれば凄く良いことなのかもしれないけど、なんか泣ける。もっと大多数の人が選ぶ選択肢を迷わず取る人間でいたかった、ってのが多少ある。
 
まあ、1番の問題は、24になってもやりたいことが特にないとか言ってる自分にある。
 
つまり自分のD進はいわばモラトリアム延長なのである。どうしようもねえ
 
D進って日本におけるモラトリアム最長ルートなのでは???
 
とりあえず、結婚できるんかな~~~~~。